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【恐いい話】人の幸せと不幸せの量

      2018/12/12

私が12のとき、両親が他界した。

私には三つ年下の弟が居たのだが、それぞれ別々の親戚に引き取られた

一ヶ月も経たないうちに親戚の私に対する態度は冷たくなり、私は高校進学を諦め、工場に就職し一人暮しを始めた。

私が17になると同時に弟を呼び、二人で暮らした。

弟には世間並みの生活を送らせてやりたいと思い、昼は工場、夜は水商売で何とか弟を高校に入れることが出来た。

それから三年…

弟は高校を卒業し、東京で働くといい、上京した。

私は夜の仕事を辞め、近所のスーパーで働くことにした。

スーパーの社員さんはいい人ばかりで働きがいがあった。

パートの人達とも仲良くなれて毎日が楽しかった。

職場で恋人も出来た。

今までの人生で恋愛や遊びなど経験が無かったので、毎日がとても新鮮だった。

ある日、出勤時に急いでいた私は、不注意で車に跳ねられた。

私は車に乗り上げ、そのまま20m程飛ばされた

その瞬間、噂どうり今までの人生が走馬燈のように駆け巡った

気がつけば病院だった。

病院のベットで私は考えた。

人には幸せ、不幸せの量が決まっているんじゃないかって。

私が恋人を作ったり、職場の人と楽しく遊んだりしたから、罰が当たったんじゃないかって。

幸い、右腕が折れただけでしたが、色々検査をしてもらって、肝臓に障害が見つかり、それで検査入院することになりました。

入院生活を送っていたある夜、消灯後なかなか眠れず、色々と考えていました。

私は何の為に生まれてきたんだろう…

こんな辛い人生なら生まれて来たく無かった。

そう考えながら横になっていると、ふと背後に気配を感じました。




看護婦さんかな?と思い、慌てて涙を拭き、振り向くと、そこには両親がいました。

私はビックリして声を出すことが出来なくて、夢でも見ているのかと…

すると母が私の頭を優しく撫でながら

『ごめんね…ごめんね…』

と繰り返し言いました。

その横で父は悲しそうな顔で私を見ていました

私は懐かしさと今まで耐えて来た色々な辛さが一気に爆発して大泣きして母の腰に抱きすがりました。

ふと気がつくと、そこには誰もいなかったのですが、母に撫でてもらった感触、母の香りは鮮明に残っていました。

今では1児の母となり、幸せな毎日を送っています。

もし、我が子が、あの日の私のような事を言えば、私はとても悲しいです。

きっと私の両親も私がクヨクヨしているのを見て、とても悲しくなり、私を慰めにきてくれたのだと思います。




 

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