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【怖い話】水恐怖症とサクリファイス

      2019/10/09

俺は元水泳部だ。

だけど、今は水が怖くて幼児用のプールにも入れない。

その原因となった話をしようと思う。

数年前の冬、友人のS宅に呼び出されたのは夜10時も回った時だ。

翌日は休みだったし予定も無かったから、呼び出しに応じる。

女癖が悪くてイザコザに巻き込まれる事数回。

自己中だから友人も少ない。

今回も振り回されるのを覚悟だった。

部屋に着くなり、Sが服を投げて寄越した。

夜釣りに行くのだと言う。

軽装だったから、確かにこのままで行ったら寒い思いをするだろう。

コートだけで良いと言ったのだけれど、汚れると言われて一式借りる事にした。

自己中なSにしては気が利く。

俺とSは体型がよく似ているから、借りた服はピッタリだ。

Sの服を着て帽子まで被ると、鏡に映る自分がSソックリで不思議な気分がした。

行き先は車で30分程の沼。

釣りは詳しくないからドコで何が釣れるという知識は全くない。

言われるままに餌をつけて糸を垂らした。

月明かりで、水面に浮かぶ浮きが揺れるのを、ぼうっと眺める。

釣りは誘われればする程度だし、暗いし、会話もないし、暇だ。

それにしても、こんな時間に俺を釣りに誘うなんてSも余程暇だったのだろう。

ふと思い出してSに訊ねた。

「そういえば、彼女は?」

翌日が休みともなれば、大概は彼女と一緒に居たはずだ。

特に今付き合っている女はベッタリするのが好きだとノロケられていたし。

「あぁ、その事なんだけどさ。」

ふいに真面目な顔をしてSが俺を見た。

「幽霊、信じるか?」

俺の問いを無視した問いで返されたけど、Sとの会話では良くある事だ。

ぶっちゃけ俺は幽霊だの妖怪だの信じないタチだった。

そう答えるとSは笑った。

「だからお前を呼んだんだよ。」

そう言って、Sは俺が嫌いな(苦手という意味ではない)類の話をしだした。

あの女な、自殺したんだよ。

一緒に海を見に行って、そこで喧嘩して。

ヒステリーおこしてさ。

俺、頭にきて女を置いて一人で帰ってきたんだ。

家に着くなり警察から電話。

女が俺の連絡先を書いた遺書を残して海に飛び込んだんだと。

近くにいた釣り人が見ていて、すぐに連絡してきた。

…死んでた。

遺体は1週間前に上がったそうだよ。

10日くらいは水に漬かってたみたいだな。

それからだよ。

風呂にお湯張れば、風呂の中に女の顔。

川を見ればコッチを見てる。

しまいにゃ、味噌汁や珈琲の中からも出てくる始末だ。

どうやら水が溜まってる所に出てくるみたいだ。

俺は大笑いした。

どうやら、自己中なこの男にも罪の意識は人並みにあるらしい。

だって幽霊が本当にいるなら死んだ直後から出るんじゃないか?

そう言うとSも笑った。

「じゃあ、お前怖くないよな。実はそこに今も居るんだ。」

そこ、と指差したのはSから少し離れた水際だった。

もちろん俺は怖くない。

「ここか?」

立ち上がって、その場所に立った。

Sも立ち上がって隠れるように俺の背後に立った。

「なんだよ、怖いのかよ。」

普段からは考えられない脅えようが可笑しかった。

「あの女、目が悪かったんだ。コンタクト無しじゃロクに見えないくらい。」

Sがボソボソと俺の耳元で呟く。

ドン、と背中を押されて俺は沼に落ちた。

落ちたといっても、岸と沼の高低差は30センチも無い。

くわえて、沼は浅くて尻餅をついた俺の臍までしか水は無い。

「ふざけんなよっ!」

立ち上がって岸に上がろうとしたとき、何かに足が絡まった。

藻かゴミかと振りほどこうとしたけれど、足が上がらない。

Sは引き攣った笑いを顔に貼り付けていた。

「悪いな。」

足に絡まったモノは脛を這い上がってきた。

目をやると、ブクブクに膨れた手が月明かりに照らされて異様にハッキリと見えた。

本当にテンパッた状態だと悲鳴も出ない。

手が伸びて腿を這い上がり、腰に届いた時に水から頭が覗いた。

生前の彼女を見たことがあったけれど、面影は何一つ残っていない。

腰に抱きついて俺を水の中に引きずり込もうとする。

助けを求めようと岸を見ると、Sの姿は無かった。

エンジンの音が遠ざかっていった。

女は完全に俺に覆いかぶさった。

死ぬ。

殺される。

そう思ったとき、ふいに身体が軽くなった。

耳元で声が聞こえた。

「また置いていくのね。」

息がかかるくらい近いけれど、空気は動かない。

「つれてって」

生臭い匂いがした。

体中が氷漬けになったように冷たい。

沼から這い上がって、どこをどう歩いたのか記憶にない。

気が付くと、自宅の玄関で子供みたいに泣いていた。

沼の水を吸った衣類を脱ぎ捨ててゴミ袋に詰め、シャワーを浴びる。

どんなに熱いお湯をかけても、背中が冷たい。

布団にくるまっても寒くて寒くて、我慢できずに元凶のS宅へ車を飛ばした。

Sも普通の状態じゃなかったのだろう。

鍵が開いていた。

扉を開けた瞬間、背中から何かが抜けたような気がした。

「おい!S!!」

ふらりと奥から出てきたSは、俺を見るなり真っ青になって震えだした。

ぶん殴ってやろうと手を伸ばして、Sの視線が俺の後ろにある事に気が付く。

「おまえ…水、ないのに…」

背後から生臭い匂いがした。

ここに1秒でも居たくない。

居てはいけない。

目を瞑ってSを突き飛ばし、躓きながら部屋を飛び出した。

翌日、友人数人を誘ってS宅に向かった。

死んでいたら最後に会った俺が疑われるだろう。

妙に現実的な事を考えながら友人達に先を譲る。

やはり鍵は開いていた。

先に入ったやつが呼びかけているが返事は無いようだ。

上がるぞ、と声をかけて上がりこんでもまだ俺は部屋の外にいた。

「S!おいS!?」

慌てた声に、やはり…と溜息が出た。

自業自得とはいえ、最後まで面倒に巻き込まれてしまった。

「おい、なんだよコイツどうしちゃったんだよ。おい、俺が分かるか?」

様子がおかしい。

どうも死体を見つけた雰囲気ではない。

覚悟を決めて部屋に入ると、友人達に囲まれてヘラヘラと笑い続けるSがいた。

目の焦点があっていない。

頭からグッショリと水を被ったように濡れている。

「シッカリしろ、S!」

ヒヒヒ、と壊れたSは笑い続けるばかりだった。

呆然と立ち尽くす俺の背後に、また生臭い匂いの気配が立った。

「ありがとうねぇ」

俺は、この一件依頼、海にも沼にもプールにも近づけなくなってしまった。

 

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