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【怖い話】ホームでの一夜…現れた男の忘れられない表情

      2017/08/04

1986、7年頃の夏である。

当時、東京から谷川岳へのアプローチは、上野を23時頃発の越後湯沢行きの普通列車にのって深夜に土合駅に着き、そのまま駅で野宿して翌朝歩き始めるのが一般的であったように思う。

まだ上越新幹線がメジャーでは無く、ガーラ湯沢駅もなかった。

このあたりのリゾート開発が始まる前のことで国鉄ものんびりしていた。

上野から初乗料金で乗り込んでも、車内改札が土合駅まで来なかったのである。

土合駅に列車が到着すると、同じような登山者が地上への階段へと急ぐ。

土合駅は基本的に無人駅だったので出札口には列車到着時だけ駅員が来ると聞いていた。

我々3人(私と登山仲間HとT)は意識的にもたもたして登山者の列の最後尾を歩き、他の登山者の姿が見えなくなるとホームの中央にとって返した。

学生の身分であった我々は上野からキセルを敢行するために、思い切って誰もいない下りホーム(土合地下ホーム)で仮眠し、駅員がいなくなる早朝を見計らって出札口を出ようと計画したのであった。

地下ホームはトンネル内なので薄暗く、ところどころ漏水があって、真夏でもひんやりしていた。

ホームの中央あたりに小さなプレハブ状の待合室が置かれており、その常夜灯で比較的そこだけぼんやり明るかった様に記憶している。

我々は待合室に入り、少し寒かったので万一の予備に持参してきたツェルトにくるまって仮眠をとることにした。

夜行発日帰りの計画だったため寝袋は持って来なかったのである。

待合室は我々の荷物と寝場所で、余りのスペースはさほど広くなかったように思う。

深夜忘れた頃に数本の貨物列車が爆音をたてて通過し、その後はまたもとの異様な静けさに包まれるということが何度かくり返され、そのたびに起こされてしまったが、いつしか3人とも眠りについたようだった。

何時頃だったか、私はふと一人の足音に気付いて目を覚した。

耳をそばだてているとその足音はゆっくりと待合室に近付いてくる。

(だれか来る)

そう感じてしばらく身を固くしていた。

下りの列車はとっくに無くなっており、上から寝場所を探しに降りてきたのかなと思いながら待っていたが、その足音はすぐ近くまで来て止まってしまった。

いつまで待っても待合室に入ってくる気配がなく、入口の外に目をやるが誰もいない。

待合室はひやりと湿っぽく、背筋に寒気を感じる程だった。

(そら耳だったかな)

おかしな寝汗をかいている。

着替えないと風邪をひくかも知れない。

でも面倒だ。

そう思って再度眠りについた。

しばらくすると

断続的に続く男の低い声と息苦しさで今度ははっきりと目がさめてしまった。

何と言っているのかはっきりわからないが

あのー、すみません。××してください。

あの、××をお願いしますというような

何か頼んでいるような口調である。

やはり、だれかが待合室に入れなくて何か言ってるのかと思い、

ワット数の低い蛍光灯の下で中腰になり、窓越しにあたりを見回すがホームには誰もいない。

しかし、男の低い話声はハッキリと耳に残っており、船酔いに似た不愉快な目眩が頭に残っている。

(夢かな…)とぼんやり思っていた。

(熟睡できなかったんだ。寝不足だと明日つらいだろうな)

と翌日のことを心配しながら考えていると、隣に寝ているHがしきりにピクン、ピクンと痙攣している。

放っとくにはあまりにも気の毒に思えたので揺り起こしてやった。

Hは起きるなり

「金縛りにあってさ…助かったよ。」

と深く息を吐き出し、

「もう、眠るのは嫌だ。起きよう」

という。

結局、今なら駅員はいないだろうということで、軽い寝息をたててのんびり寝ているTを起こし、我々は地上に向かうことにした。




土合地下ホームから地上出札口へはコンクリートの五百段近いの階段を登ることになる。

普通に登っても20分かかり、荷物が重い時は大変なアルバイトである。
お調子者のTが

「知ってる? この階段を数えると谷川で遭難するって噂が有るの。だからほら、数えなくても良い様にNo.が打ってある。」

促されて見てみると確かにペンキで階段の端に数字が書いてある。

Hが珍しく

「書いてあると余計数えちまうじゃないか。」

と冗談を言って笑った。

階段をのぼるにしたがって、地上の生暖かい空気が混じってくる。

やっとのことで階段を登り詰め出札口付近に来ると、手前の通路のあちこちに同じような登山者が寝袋に入ったりして仮眠をとっている。

日の出前の暗い時分で、まだ始発列車も来ていない。

我々は駅員のいない出札口を難なく通過し、駅舎の外の階段で用意してきた朝食をとることにした。

コンロを取り出して湯を沸かしながら

「夕べ寝れた?」

と誰となく聞いた。

お互いに寝られなかったともらし、おかしな夢を見たという。

私が寝苦しくて男の低い話声で目がさめたと言うと、Tが神妙な顔で変な足音を聞いたといいはじめた。

「起こした時、良く寝てたじゃないか」

と言うと、寝たふりをしていたのだと真顔で答える。

夜中に急にひんやりと寒くなって目がさめたら、待合室の周囲を誰かが歩いている足音がした。

最初は駅員に見つかったと思って目をつぶって寝たふりをしていたが、足音は待合室の前を何回も立ち止まっては往復する。

薄目をあけてみると窓の外にはだれもいない。

よく聞くと駅員の革靴などではなく、ゴトン、ゴトンという重い登山靴をひきずるような足音だったので怖くなり、早く遠くに行ってくれと目を閉じて念じていたらしい。

そんなとき丁度私が起きあがって、ごそごそし始めたので安心したのだという。

私とTが顔を見合わせているのを見て、金縛りにあっていたというHがぽつぽつと話し始めた。

なんでも待合室の入口の外に男が立っていて、こちらをジッと見ながらなにか訴えかけていたというのだ。

入口のガラス越しに男の上半身が覗いており、その服装ははっきりわからなかったが、こちらを向いている相手の顔と目が合ってしまったという。

その顔の表情が必死な形相でゾッとしてしまい、見られている間中金縛りで声も出なかったと言う。

Hは留年していたため私やTより年上で、仲間の信頼が厚いリーダー格であった。

普段から正直で無口、決して不真面目なつくり話をする人間ではないだけに、彼が金縛りにあって見たという男の顔の話は単なる夢や思い込みと決めつける気にはなれなかった。

3人ともしばらく黙って湯気の立つインスタントラーメンをすすっていたが、早く陽が昇って周囲がはっきり明るくなるのが待ち遠しかった。
ラーメンの残り汁を飲み干しながらHが

「遭難者の多い谷川だからなあ…まだ見つからない人もいるかもしれない」

と呟いた。

とにかく次からは地上の改札口の手前で寝よう。

お互い寝不足だから慎重に行動しよう。

と気をとりなおし、朝日の中を出発することにした。

もちろん途中の遭難慰霊碑に手を合わせることを我々は忘れなかった。

私が今も理解できないのはこの体験が自分一人のものでないことである。

仮にこの体験が自分ひとりであったならばただの幻聴であったかもしれない。

我々の感じた所では、男か女かといえば男であり、登山者か駅員かどちらかといえば登山者。

黙っていたかどうかといえば何か話していた。

かといって、謎の男の登山者が話しかけてきたといえば嘘になってしまう。

しかし、ほぼ同時刻に3人が、ホームには我々以外だれもいないのに一人の男の存在感を感じたのは間違いないのである。

この話はこれで終わりではない。

下山して帰京した翌日のことである。

同じ職場でバイトしていた私とHは、虫に刺されたわけでもないのに、

二人とも左の二の腕がパンパンに腫れ上がり、微熱を出してしまったのである。

筋肉痛のような痛みで、腫れは幸い2日ほどで何ごともなく引いてしまった。

Tに同じことが起こったかどうかは残念ながら確認していない。

あれ以来、谷川には何度か足を運んだが、誰も二度と地下ホームで野宿はしていない。





 

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